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アプレジャーのことば②

ぼくは
救命救急や感染症治療など一刻を争う治療分野をとても優れていると
思っていますし、我が医療過疎地域にこそ一番欲しい診療科だと
思いますし、現場の医師や看護師、スタッフを尊敬しています。
(ワタクシ、他人の血を見ると意識が遠のきます・・)


しかし、その急性期の医療の原理原則をそのまま
慢性病を抱える患者さんたちに適応できるものなのか、
については いつも疑問に感じています。
急を要する医療の介入度と、慢性疾患に対する医療の介入度は
一緒でいいのだろうか?って。

高血圧を例にあげてみると、
高血圧をそのまま放置していれば、その人のカラダに大きな
ダメージを残す可能性は確かに高くなります。
でも、高い血圧を薬で(強引に)コントロールして、そしてそれを
長期間(多くは一生)続けていくことが、その人にとってほんとうに
最善のことなのだろうか?

その服薬の前に、そのひとは
コツコツと地道な運動を続けたのだろうか?
栄養のバランスは以前よりも改善されたのだろうか?
そして便通や睡眠はしっかりと改善されたのだろうか?
日常的に感じていた、いつものあのストレスは軽減できたのだろうか?
無意識下にある過去のトラウマに気づく努力をして、そしてそれを解放
できたのだろうか?

そして、それらがしっかりとなされていれば、多くの高血圧患者の血圧は
適正値へと自然に下降していくのではないのか?
もし降圧剤を服用することで血圧がコントロールされたならば、
カラダが発しているメッセージに気づこうとすることさえしなくなる
のではないのか?
人がみな備えている治癒力という大きな力を再認識するチャンスを、
気づきを、潰してしまうのではないのか?

血圧が高ければ低くし、
ホルモンが足りなければ補充し、
発熱すればすぐさま解熱させ、
便秘になれば便秘薬を服用し、
痛みがあれば痛み止めを飲む?
その症状の原因は究明せずに?


ぼくの個人的な意見として、

薬とは
そのひとの自然治癒力が発動しそれが優勢になるまでの
時間稼ぎ
であってほしい。

また手術とは
最終兵器であり、伝家の宝刀であり、
とっておきの最後の切り札であってほしい。

また、
西洋薬・漢方薬・代替医療(鍼灸整体マッサージetc)・高価なサプリメント
は脇役でいてほしい。
「薬や鍼灸や高価なサプリメントがなければ、人間は健康でいられない」
とは、簡単に思わないで(一部の人を除き)いてほしいし、ぼくはそうありたい。

ぼくらは自らのカラダとココロについて観察と考察をもっともっと
繰り返して行なうべきだと思います。
ぼくらのカラダはさまざまな「症状」を出現させたりするけれど、
それはカラダの起こした「厄介事」や「反乱」ではなく、実は、
その人の治癒システムがココロやカラダを守ろうとして、戦ったり、
調整してくれたりしている、その時点で最良の結果が「症状」
として外に現れているのことも多いのです・・と思うのです。



はくけい堂
2013,03,10

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アプレジャーのことば①

米国のオステオパシー界にJ.E.アプレジャーという、生きる伝説がいます。

オステオパシーが、一体どんなものなのかについては
Wikipediaなど参照していただくとして、
アプレジャーって人が、どんだけスゴイのかについては
彼の著書など読んでいただくとして。(^^;

ぼくが毎日の臨床で感じているさまざまな疑問に
彼の文章は答えてくれていますので
ちくっと抜粋などさせていただきたいと思います

。。。。。。。。。。。。。。。

癒しのメッセージ(春秋社)から抜粋
(この本、残念ながら絶版となった模様。いい本なんですけどね・・)

 『医師が痔を外科的に取り除いて「治療」したとしよう。
もしこの痔が長期にわたる飲酒によるうっ血肝の二次的症状であれば、
患者がアルコール依存症という根本原因を解決しないかぎり「治癒」
は望めない。
この場合、患者の注意をアルコール依存に向けさせる手段あるいは
動機づけとして、痔をそのまま残しておくほうがよかったのである。
そうすれば、いつかはほんとうの病因を根こそぎにすることができた
かもしれないのだ。
(略)
 痔の切除は一時的に症状を緩和したとしても、アルコールの問題に
注意を集めようとしている内奥の自己への道をも絶ってしまったと
考えなければならない。
痔を切除した後でもアルコール依存症が続けば、内奥の自己は注意を
促すものとして他の器官を選ぶことになる。
 次の「標的」となる器官は胆のうである。外科医は痔につづいて胆石
でつまった胆のうも切除してしまうだろう。
(略)
痔や胆のうをとられ、自分がアルコールに溺れるようになった真の理由
を知らない患者が残されただけである。
その患者にとって飲酒という行為は、子供のときに親から植えつけられた
罪悪感から逃避するための手段かもしれない。だとすれば、問題は手つかず
のまま、肝機能が衰えるまでアルコール依存は続くことになる。病気が進む
につれて、からだが発する「内なる声」は前にも増して緊急事態であること
を本人に気づかせようと必死になる。
その結果、つぎの「標的」は食道の静脈瘤へと移ることになるだろう。
事態はいまや深刻である。(癒しのメッセージ P100-102』
 


R・カールソン+B・シールド(編) 上野圭一(監訳) 1991:癒しのメッセージ  春秋社

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

ぼくの疑問および意見なんかは次回に。


2012.02.24
はくけい堂

いのちの輝き

日本ではあまり聞きなれないかもしれませんが、「オステオパシ―」という、アメリカで
生れた整骨医学があります。そのオステオパシーの施術者で、ロバート・C・フルフォード
という伝説の医師の興味深い本があります。
(正確にいえば、ライターが介在した聞き書きのような形態の本)

いのちの輝き / 翔泳社
ロバート・C・フルフォード&ジーン・ストーン
上野圭一 訳


この本のなかでフルフォード博士は、クライアントの身体症状には心のありようが深く関与
していることを繰り返し述べています。たとえば、五〇歳代の婦人の場合。

「婦人はそれまでの二〇年間、ひどい背部痛と高熱に苦しんできた。
石は発見されていないが、胆石だろうというのが医師たちのとりあえずの診断だった。
しかし、じっくりと話を聞いているうちに、婦人が父親との関係と姉との関係で悩み
に悩んでいることがわかってきた。私はその背部痛が家族関係のもつれから来ている
ものだと確信した。 感情的な苦痛はほとんどといっていいほどにからだの苦痛となって、
あたまから足のどこかにあらわれるものなのだ。
わたしはその婦人に、感情的な悩みを解決すればからだの症状も消えるといった。しかし、
婦人は信じようとしなかった。そして現在も、一時的に痛みをとるためにわたしのところに
きているが、自分の感情と向き合うことは拒否している。(いのちの輝き P86-87)」


この夫人は信じませんでしたが、ぼくらボディワーカーは日々の臨床で、
フルフォード博士がいう「感情的な悩みを解決すればからだの症状も消える」という、
おどろくような現象を目撃します。
ぼくが体験したクライアントのケースでは、急性腰痛・慢性腰痛・ぜんそく・めまい・
ある種の化学物質過敏症・・などの症状が、時間とともに大幅に軽快、あるいは一瞬
のうちに消失しました。

(ぼくの治療院ではその際に EFTというテクニックを使って、
自らが抱えている悩みに付随する感情に気づき、
その感情を表現して、
そっと手放すように、クライアントをガイドしていきます。
その EFT については また今度の機会に。)


また、フルフォード博士は感情を表現することの重要性についても語っています。

「子どもが転んでけがをしたときは、泣き叫ぶままにしてやって欲しい。
大声で泣くのは呼吸を安定させ、最大限の呼吸を確保することに役立つ。
5分から10分間なら泣くじゃっくりをしていても心配はない。それをさせないと、
からだがトラウマを固定してしまう可能性がある。なぐさめるのはいいが、子どもの
自然な呼吸を邪魔するようなことはしないでいただきたい。(いのちの輝き P174)」


自分の感じている感情に気づき、表現すること、そしてそれを手放すことの重要性は、
老若男女に関係なくすべての人に共通でしょう。
そしてその重要性に気づくことで、治癒への道のりをショートカットできる人も多いはずです。


はくけい堂治療院
2011.03.07

※・肉体的症状と心の状態が関係のない疾患は、もちろん存在します。


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Author:はっけー
●静岡県下田市須崎で鍼灸整体院を営業しています。

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『田舎哲学者の気さくさで話しつつ、内には剃刀のように鋭利な知性を保つべし』
by ジョージ・グッドハートDC

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