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ニライカナイについて

仏教の入門書のようなものを読んでいて、仏像について始めて知った事が
あるんですが↓

●如来=悟った仏。仏界から降り、真理の体現者として人々を悟りの境地
へ導く。
●菩薩=未だ悟っていない仏。自身も修行しながら人々も救う。
●明王=大日如来の化身といわれる。怒りの形相で人々を叱り、教え諭す。
●天 = 仏の住む世界に悪者が寄り付かない守護する。

だそうですよ。菩薩ってまだ悟ってないホトケだったのね。へえ~。
と、そこまで読んではっとしました。「如来」?・・・そういえば沖縄の・・・

竹富島「ニーランの石」とは
如来が なまって ニーランに転化したのでは?
ニーランの石は正しくは「にょらいの石」?

琉球に伝わる「ニライカナイ」伝説って
「ニョライ (の) クニィ(国)」伝説 なんじゃないの?
カナイは “叶い” や”彼方”ではなくて、正しくは“国”では?

柳田国男の「海上の道」をはじめとして、いろんな民俗学者が『ニライカナイ』
についていろいろ考察しているんですけど、ぼくは今までどうもしっくりこな
かったんです。なんかやたらと小難しく学問しちゃってるけど、ソレ信じちゃって
いいのかなって・・。

「 ニライ カナイ 」
「 ニョライ ( の住む ) クニィ 」

そうかんがえれば すべてがスッキリします。

ニライを如来とするもうひとつの根拠があります。八重山にはミルク信仰と
呼ばれるものがありますが、これはダイレクトに弥勒(みろく)菩薩信仰
なんですよね。

。。。。。以下、無断転載( ごめんなさい )。。。。。

「ミルク」は「ミロク」が沖縄方言に変化したものであり、すなわち「弥勒」の
ことです。弥勒は、釈迦入滅後56億7千万年後にこの世に出現し、釈迦仏
が救済しきれなかった衆生を救う来訪仏とされます。
北西インド~南インドで、大乗仏教の発展と共に未来仏としての弥勒信仰が
広まり、やがて中央アジアを経て中国大陸に伝わり、広く深く浸透しました。
(略)
いっぽう宮古地方にはなぜかミルクの仮面は出現しません。伝承によれば
かつて宮古には女性のミルクがいて富をもたらしていたが、サーカ(=釈迦)
と大げんかをし勝負に負けて宮古を去り、支那の守護神になったということです。

。。。。。。。(ここまで)。。。。。。。。

( 宮古では釈迦如来まで登場!!)
ぼくらが旅して沖縄を訪れるとき、
「沖縄では仏教など宗教があまり浸透していなくて、先祖崇拝や沖縄独特の信仰
が盛んである」って話をよく聞きます。でもそれは、単に「浸透しなかった」
んじゃなくて、

「琉球独自のアニミズムが渡来した仏教を呑みこんだ!」

んですね。 そこ、おそらく間違いないと思います。 で、「仏教 信仰 沖縄」でさらに
検索続けたら、 「琉球仏教史の研究」 という、たいそう面白そうな本を見つけました。

。。。。。(ふたたび無断転載)。。。。。

本書は前書きにおいて、そのような構造物や写真さえない、500年以上もさかの
ぼった古琉球時代のことを「今を去ること500年前、沖縄は仏教王国であった…
首里や那覇のそこかしこにお寺が存在し、袈裟(けさ)姿のお坊さんが人々に混じ
りあって行き通うというのが日々の光景であった」と記し、読者を挑発する。
 しかし、それは単なる挑発ではない。そのことを裏付けていく細かい作業が始め
られていく。先行研究者たちの研究をたどり、その内容を確認しつつ、綿密に既存
の史料を読み返し、再解釈することで「仏教王国 琉球」を探し出していく。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

やっぱりか!!! そういうこと知りたかったんよ。
この本読んだら「ニライ」=「ニョライ」説 証明に一歩近づけるかも。

・・・てな事考えてたら、八重山の友人たちに会いに行きたくなりました。
竹富島で会いましょう



2011.06.27
はくけい堂
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